2011年6月 2日 (木)

引越し間近

 あっという間に今月下旬には、引越しというところまできてしまいました。

 なんだか、今の家の中にものがありすぎ、引っ越すにはだいぶ処分しないといけなくて、ほうぼうのリサイクルショップに行っては処分してくるものの、その度に凹んで帰ってきます。

 まず、洋服。母と自分の物を持っていったのですが、ポリ袋6袋くらい持って行ったのに100円玉数枚。雑貨と食器に関しては車の荷台いっぱい持って行ったのにそれぞれ0円。

 母の着物は、状態のいいものでも1000円すれば良い方だと言われ、ウールの着物と羽織は0円だと言われ・・・。しかも、即金で買い取ってくれる訳ではなく、買取額の査定は東京でするので、一旦預かって、現物を東京に送ってから金額を連絡し、その額でOKすれば口座に振り込まれてくるというシステムで、1週間かそこらかかるという話で。「東京までの送料と振込み手数料はお店持ちで、もしOKでない場合は返送料もお店持ちになるので、査定して売らないというのはやめて欲しい」と言われ、(たった6枚持って行ったたけだったけど、それでも)かなりの重さの着物と羽織をそのまますごすごと持ち帰りました。お金にならなかったのももちろん残念ではあるのだけど、それよりも着物が好きで内職をしては買い集めていた母のことを何だか否定されてしまったようで。

 先週、仕事が休みの日に、母方の叔母に来てもらいました。母が生きているのに着物をもらうなんて、と少しためらっていましたが、ひと通り見てくれて、「これはあんた用に買ってくれてものに違いないから置いとき」と何枚もどけてくれて、結局、父方の叔母にも要るか聞いて「残ったのをもらうから」と手ぶらで帰っていきました。その2日後、休みを取って父方の叔母に来てもらいました。こちらも同じ理由で少しためらっていましたが、何枚かもって帰りました。午前中で済む予定でしたが、結局、昼ごはんをご馳走になったりして、14時くらいまでかかってしまいました。着物のリサイクル屋さんに行ったのはその後のことです。

 今日は休みだったので、また母方の叔母に来てもらいました。叔母は、まだ母のいる老人ホームに行ったことがないというし、私も毎週母の顔を見に行くのでまず母のところに行ってからお昼をご馳走になってから、家に寄ってもらいました。やっぱりあまり乗り気ではなく、預かってあげるからしばらく置いておいたら、と言われましたが、それもまったく着る予定もないのに沢山の着物がたんすのこやしでいつまでもあるかと思うとそれも気が重く・・・。誰か着物の好きな人に喜んで着てもらえるのが一番いいと思うわけで。結局、10数枚持って帰ってくれたけど、「ウールの着物は誰も欲しがらへんからもらっとくわ。他のは手を付けずにそのまま預かっとくから」と言われ、それでもだいぶ数も減り、ちょっとだけほっとしました。

 私も、着物はそのままそっとして置きたい気もするのです。母が好きだったものだし、勝手にあげたり売ったりしてしまうのはやっぱり気がひけます。でも、引っ越すには、全部そのまま持っていけないし、片付けを手伝いに来ていた兄が「質屋に持っていくか」というし。質屋に持っていっても高くは売れないとも聞くし。何がいやかって、持って行ったときに「古い」だとか「しみがある」だとか「人気が無い」とか「ただ同然」とかケチをつけられることなのです。向こうにしてみれば、率直に現実を教えてくれているだけなのでしょうが。着物が好きな人に、母の趣味を気に入ってもらえる人に喜んで大事に着てもらいたい。お金になれば言うことないですが、それよりも出番のないまま私なんかの手元で眠らせておくのがかわいそうで。習い事をして着物を着てみようかともふと思いますが、逆に月謝にお金が沢山かかりそうだし、着物の手入れにもお金と手間がかかりそうでうんざりしそうです。

 まだまだ、自分の部屋も全然片付いていません。どうなることやら。

2011年2月16日 (水)

2011’初ブログ

 今年ももう2ヶ月目半ばに入っちゃってますが、私は今年初ブログです。

 ん~、さぶいっ。もう家にいる間は、こたつから出られませんでした。ノートパソコン出して来るのも億劫で。晩ご飯の後はこたつから首だけ出してカメ状態の毎日。

 正月休みは、また兄に母を連れて帰ってきてもらって、母と一緒に過ごしました。

 今回は、母の足がますます弱ってしまって、歩くことばかりか立つことも出来なくなってしまっているので、面倒をうまく見れるか少々不安でした。事前に老人ホームで抱えるコツを観察して、同じ様にするとベットから車椅子への移動が出来たので何とか乗り切れました。

 向かいの家のおばちゃんも、叔父叔母も、甥2人も家族連れで母に会いに来てくれました。一度に9人も来て、何人かは立っていないといけないくらい部屋がぎゅうぎゅうで。わーっと来て1時間くらいで帰っていきました。甥の1人は千葉からこちらに子連れで帰省して、わざわざこちらに寄ってくれました。にぎやかな正月を母と迎えられて良かったです。

 ただ、いろいろ手料理や好物を食べさせてあげたかったのに母の食が極端に細くなってしまって、ほとんど用意したものを食べてくれなかったのが残念でした。叔父や叔母がお寿司を持ってきてくれてそれを少し食べただけでした。

 1月末から、毎週定休日に大阪まで通うようになりました。肩こりで始めた整骨院通いでしたが、スタッフの人に勧められ、耳ツボダイエットを追加でスタートしました。フルバージョンでやるとかなりの費用になるのですが(食事を減らしていく分、いろんなサプリメントで栄養を補っていくので、サプリメントの額がかなり)、サプリメントを必要最低限のものにしてもらい、しかも普通は3ヶ月続けるのを、1ヶ月だけのお試しということで。それでも5万少々。体重も、体脂肪率もその場で計ってもらい、糖尿の心配も出てくるので少しでも早く始めたほうがいいと、その場で決めました。

 耳のツボ(食欲を抑えるツボ等数箇所)に金色の粒粒を貼ってもらい、毎朝夕食事前にサプリメントを採ってから栄養のバランスのとれた食事をいつもの半分の量食べて、早く寝るというのがその内容です。粒粒は、週に2回貼り替えてもらわないといけないのですが、私は週1回で精一杯なので、唯一定休日にだけは律儀に通っているというわけです。

 といっても、食事の量を減らすのがなかなか出来なくて、ほんの一口か二口減らしただけでおなかの空き方が1~2時間早くなったりしました。昼休みまでに何回も時計を見ながら、お茶やコーヒーでまぎらしたりしてました。

 でも、だんだんおなかの方が慣れてきたのか、昼など少しこってりしたものや、量の多い食事をすると、夕方なかなかおなかが空かず、1食抜いても平気かもと思うくらいになりました。でも、そんなときでも少しでも食べておかないといけないそうです。

 11日目ですが、2キロ近く減りました。毎日起床時と就寝前に体重を計るのですが、1日あたり500グラムとか、全然減らない日もありました。でも、うれしいことに60キロを少しきりました。目標は、制服がキツキツのおなかを凹ます事。あと何キロ減らせばいいのかな~?

 今月に入ってから、1日と15日に兄夫婦と甥1人が来てくれて、父や母の荷物で要らないものと、物置のものをみんなで整理しました。父の服はほとんど捨てられ、ふとんも今使っている以外の古いものはほとんど捨てられました。新しいふとんやシーツもたくさん見つかり、それは置いてくれています。母の服も、今ではパジャマ以外は着なくなってしまったので、大半が不要になってしまいました。これは私が古着屋へ持って行きました。ポリ袋に5袋ありましたが、700円ちょっとにしかなりませんでした。15日はトラックがなくてすぐに捨てに行けなかったこともあって、捨てる予定のものが家に置いたままになっています。あと、未使用のタオルやシーツや食器をリサイクルショップに持って行こう思って置いているのが、縁側と8畳の部屋の大半を占拠しています。今日は、整骨院の後、大阪でぶらぶらしていたので、まだ全然手を付けていませんが、何とか人目につかない所に移動させたいと思っています。

 何だか最近ずいぶん忙しいです。

2010年12月19日 (日)

初DS

 もう2年くらいになりますか、要るか要らないか迷い続けてたんですが、ついに、DS買っちゃいました。LLのほうなんですが。もちろん、無くっても何の支障ももちろんないんですが、ゲームソフトとワンセグチューナーと一緒に買うと合計23000円を切る値段になってて、ついつい。ここんとこ毎日脳年齢チェックや脳トレ、マリオブラザーズをやってます。脳年齢はプラス約20歳だし、マリオもやられてばっかりだけど、ボタンが凹むんじゃ?と思うほど手に力が入ってしまってるのに時々気付きます。正月休みはDS三昧かな。いい年して。

2010年9月25日 (土)

買いました

 マンション買いました。と、いっても、先月末に契約して、まだ手付金入れただけなんですが。

 1人暮らしに3LDKのポーチ付きはもったいないんじゃないか、という気は今もするんですが。会社に歩いても行ける近さ、窓付きのお風呂、夏には花火大会も見えるリビング、LD以外に6畳以上の部屋もあってゆったりしているところ、南向きの角部屋で日当たりがすごくいいところ、めったに売りに出ない希少性もあって、その日のうちに申し込みを書きました。

 引越しは、来年4月中旬以降。

 今の家も名残惜しいですが、近いうちにここを出なければならなかったし、たった1人で住むには、今の一軒家は広すぎてそれこそもったいない。親がいたとき程、近所づきあいもしなくなったし。ま、潮時ですね。

 家具や家電も買い換えたり、マンションの管理費も毎月必要だったりして出費も多くなりますが、一から自分の好きなものを揃えられるというのも今までなかった経験なので、ちょっとわくわくします。今まで、インテリアとかそれほど興味なかったけど、IKEAとかニトリとかめぐるのもいいなあと。

2010年8月21日 (土)

部屋探し

 連日暑い日が続きますが、食欲だけは衰えず、水分も取り放題でなんとかしのいでいます。

 盆休みは、5日ありましたが、2日目から兄に頼んで老人ホームの母を連れて帰ってきてもらい、3日間一緒に過ごしました。

  今年は、父の初盆でお盆前から近所の人がお供え物を持ってくるというので、早く仕事から帰るようにしたり、兄が休みの日に留守番に来たりして、お供えをくれた人に「粗供養」と言ってちょっとしたお返し(洗剤とかラップフィルムとか)を渡したりしました。

 母が来てからもお供えを持ってきてくれる人があり、母といろいろ話をしてくれました。ゴールデンウィークに来てくれた母の友達は今回は呼べませんでした。知らせると、初盆のお供えの品を催促することになる気がしたので。今回は、GWに母が帰って来たとき程、母の友達や近所の人に母を訪ねてもらえませんでしたが、みんなお盆休みで家族で集まったり、いろいろ忙しいので無理もないなあと思いました。

 3日間は、母の好きそうなテレビ番組を録り貯めしていたので、それを見てエアコンを効かした部屋でほぼずっと2人で過ごしました。めいも来てくれて、母とオセロの相手をしてやってくれていました。2日目には、夕方兄たちと墓に初盆のお参りをしに行き、雨がパラパラしていたので、母は連れて行けず、義姉が母と留守番をしてくれました。院主が読経し、代わる代わる叔父叔母うちの兄弟で焼香し、30分足らずで引き上げてきました。

 盆休みが終わってから、初めてマンションの売り物件を見学してきました。不動産の仲介をする会社の事務員をしているので、営業の人にお願いしていたら、「じゃあ、今から」てな感じですぐに見学が実現したのでした。1人なので2部屋もあれば、と思っていましたが、いざここに住むか?となると、結構狭いなあというのが正直な感想でした。もっとも今までの自分の部屋が10畳もあったので、無理もありません。4.5畳と5.5畳の部屋にLDKが14畳強という間取りですが、引っ越すにはかなりの荷物を処分しないといけないなあと、今更ながら思い知りました。

 マンションに引っ越したら母を連れて帰るのも無理になるし、連れて帰ったところで、今まで母の付き合いのあった人もわざわざ遠くまで訪ねて来てくれることもなくなるし、今まで住み慣れた家だからこそ母も帰ってくる意味があるわけで、引越し先に母を連れて帰る意味なんか全然ないわけで。この度の帰省が最後かも知れないなあと、思いました。

2010年7月 7日 (水)

一周忌

 早いもので、来週の土曜日、父の一周忌をします。先月骨納めをし、もうひとつの骨壷は京都に持っていくのだそうです。

 5月に母は、兄の家から老人ホームに移り、休みの日に週一回そこへ顔を見に行っています。オムツをしていても、車椅子に敷いている座布団を汚してしまうので毎回ざぶとん持参で出かけます。兄によると、私は毎週老人ホームに通っているのに「最近きてないなあ」というのだそうです。なんとも張り合いのないことです。特に話すこともなく、母の横でテレビを見たり、雑誌を見たりして帰ってきます。たまに話しかけてきますが、声も小さく、どもりがひどく、死んで30年近くになる祖父のことを「どうしてる?」などと何度も何度も毎回聞いたり、とうになくなっている母の実家に私がいるようなことをいうので、いつも腹が立って「死んだやんか!」とか「しらん!」などと怒鳴ってしまいます。帰りに「こんなんじゃ会いに来る意味ないなあ」ってちょっと落ち込んだりして。

 1人暮らしにも慣れましたが、やはりさびしいことはさびしいです。ふだんは、そうでもないですが、時々、さびしさが押し寄せてくるかんじですね。

 最近は、暑さでだるかったり、妙に肩が凝ったり、ブログ更新どころか、パソコンを取り出すのも久しぶりです。

2010年5月 5日 (水)

2010'GW

 1日から今日まで休みでした。晴天に恵まれた気持ちの良いGWでした。

 1日は、家で冬物と春物の入れ替え。でも、もういきなり夏物でも良さそうな暑さですね。

 2日は、買出し。

 3日朝、4ヶ月ぶりに兄の家から母が戻ってきました。到着後、すぐに母方の叔母が寿司や花や果物を抱えて母に会いに来てくれました。叔母自身も1月に肋骨を骨折して、体調は良いわけでは無いそうでした。歩いてくる途中、叔母が父方の叔父に会ったそうで、父方の叔父も入れ替わりに母の顔を見に寄ってくれました。しばらくして、父方の叔母夫婦も来てくれました。

 4日、お向かいのおばちゃんと母の友達が二人来てくれました。父方の叔母(父の弟の嫁)も来てくれました。夕方には、姪も母を訪ねてきました。

 今日は、午前中、母を風呂に入れました。兄も母を訪ねて来て、昼には昨日来てくれた母の友達が昼ご飯にと寿司桶を持って訪ねて来てくれました。寿司を食べたり、コーヒーを飲んだりしながら、話を聞いて沢山笑いました。4時過ぎまでいてくれて、あっという間に時間が過ぎて母も楽しそうでした。そのあと近所の叔母ちゃんも来てくれて、晩ご飯のあと、しばらくして母は帰りました。3日間、母と一緒に家にこもりっきりでしたが、みんな母に良くしてくれて、ほんとに良かったなあ、親孝行出来たなあと思って、私もうれしかったです。

2010年4月12日 (月)

3月のこと

 3月に人事異動があり、お世話になった人が他の支店に転勤になりました。

 事務所の女性数人での食事会に誘ってくれたり、情報に疎い私にいろいろと教えてくれたり、宴会ではいつも皆を盛り上げてくれて、苦手だった宴会がそれほどイヤでもなくなったのはその人のおかげでした。早いもので、その人と働くようになって10年になっていました。

 急な転勤で、残務処理もあって、しばらく二つの支店を往復するような感じでしたが、こちらに来る回数もめっきり減りました。はじめは、こちらと勝手が違い、ちょっと窮屈そうでしたが。

 でも、しばらくしたら、ほんのわずかの間にまるで10年前からいたかのようにそこに馴染んでのびのびと仕事をされるんだろうなあと思っています。

 長い間お世話になりました。やっぱりちょっとさびしいです。

 ちょうど、トレードのようにこちらに若い男の子が転勤してきました。実は若いのですが、メタボ気味で、見た目も話しっぷりも何だか貫禄たっぷりです。うちの事務所には彼と同い年の男の子があと2人いるのですが、それぞれ、キャラも、見た目年齢も違うので、面白いなあと思いながら見ています。

 トレードで転勤になったこの2人は仲が良くて、親子くらいの年回りですが、見た目そんなに歳の開きを感じないし、兄弟か同級生みたいなもしくは恋人みたいな愛人みたいな(でもそんなに色気のある感じではありませんが)感じがします。

2010年2月27日 (土)

あさってからもう3月

 いっつも思うんですが、給料日までは長いのに1ヶ月の過ぎるのは早い。例によって、私自身は特に変わりないんですが、会社の女の子が半年で辞め、その1週間後に入籍しました。(私の約半分の歳なのに。今思ったんですが、私が早く結婚していたらこれくらいの子供がいてもおかしくないんだな、と。)彼女は、明るくて楽しい子でした。けろっとしていましたが、彼氏のためにすいぶん苦労していて、「えらいけど、無駄な苦労だなあ」と思いました。でも、さんざん呆れられながらも、結局彼と一緒になったのでした。せめて彼氏が彼女を幸せにしようと心を入れ替えてくれるのを祈るしかないです。・・・人の幸せを祈ってる場合か?って言われそうですが。

2010年1月11日 (月)

去年5月から

 去年5月から生活が急展開しました。

 父が検査入院したのが5月。1週間の検査中に目に見えて痩せ、6月に予定していた手術が体調不良で中止になり、兄の家に父母とも引き取られ、介護されました。徐々に父は寝たきりに近い状態になり、痛み止めの強度も貼る回数も増え、痛みで暴れたり、錯乱したりもしたそうです。7月の中旬には「あと1週間くらい」と言われたのが本当になりました。7月23日の2時ごろ、兄の家族に看取られて亡くなりました。

 お通夜・葬式には多くの人が来てくれて、父をしのんでくれました。老人会で会長を長年務め、村の人からはとても感謝されていたようでした。

 母は、兄の家からデイサービスに通わせてもらい、こちらの家に帰ってくる機会も減りました。

 私は、基本的にずっと1人暮らしを続けることになり、元気な頃はうるさく感じていた両親が家にいなくなったことで、気楽どころか、宙に浮かされたような気持ちになり、途方に暮れました。もう3人分のご飯をつくったり、洗濯したりすることもない。自分だけのために自分の好きなときに自分の好きなことをし、好きなものを食べればいい。でも、何か空しい。

 そんなこんなで、ときどきむしょうに寂しくなったりしながら、それでも仕事に行き、買物をし、食事を作り、洗濯をし、掃除をし、テレビを見る繰り返しの日々でした。

 あれから母は3回程帰って来ました。父の49日の法要の時と、10月の私の連休の日、それから年末から3日の朝まで。正月は母のお陰で兄や甥姪も来てくれてにぎやかな数日でした。